Sakuyaの図書室

書物の御紹介

医者のリブジー先生と乱暴な船長 entry05

第5回目の書物は世界の文学です。


少年少女
【 世界の名作文学第7巻 イギリス編 】🍀


宝島 entry 02 の続き
 著 者/ロバート・ルイス・スチーブンソン氏
 訳 者/近藤 健( けん )


 その “ 船長 ” は、あいかわらず昼は散歩ばかり、夜はラムばかり飲んでいた。
 それに酔っぱらうと人の迷惑など考えずに、しゃがれ声をはりあげて、乱暴なあの船歌をうたった。
 そうかと思うと、ときにはまわりの人たちに酒をおごって、じぶんの声に合わせて合唱させたり、むりやりに海の話を聞かせたりした。
 おまけに、“ 船長 ” のその話というのが、またすごかった。
しばり首の話 ーー 目隠しをして歩かせながら、海へ落とす話 ーー 大あらしで船が沈んだ話 ーー どれもこれもぞっとするものばかりで、聞き手がふるえだすと、かれのほうはますますごきげんになるのだった。
 そんなところをみると、きっとじぶんもそんなことを平気でやってきたのかもしれない。
これじゃ恐ろしがって、しまいにはお客が来なくなってしまうよ。“ ベンボー提督亭 ” はつぶれてしまう・・・。
 父や母は、さすがに心配しだした。
 そればかりかいままでにくれた宿賃など、もうとっくになくなってしまっている。だから父が催促すると、はじめのことばなどどこへやら、あべこべにどなりつけるのだからなんともしまつが悪かった。
 ぼくはいまになって思うのだが、ふだんからあまりじょうぶでなかった父が重い病気になってしまったのは、そんな苦労がかさなったせいではないだろうか・・・。
 それにしても “ 船長 ” は、ぼくの家に来てから一度も服や下着を取り替えたことがなかった。あんな大きな衣類箱を持っているのにふしぎだった。だいいち、その箱をあけるのを見た者はないし、あけたけはいさえなかった。また手紙にしても、一度も書いたことも受け取ったこともなかった。
 それでいて、おまえたちはみんなおれの家来だ、というみたいにいばっていた。
 そんな “ 船長 ” も、一度だけ、こっぴどくやっつけられたことがあった。
 ある日の午後、医者のリブジー先生が、父の診察の終わったあと迎えの馬の来るまで酒場の中で休んでいた。
 そのとき、すみのほうでは “ 船長 ” が例によって、ラム酒を飲んでいた。もうすっかり酔っぱらい、どろんとした目つきで壁に寄りかかっているうすぎたない姿は、まったく見られたものではなかった。
 それに比べてリブジー先生の上品さは、あざやかにめだった。同じ年配・・・いや、同じ人間でありながらこうも違うものだろうかと、そのときぼくはつくづくと思った。
 先生は、居合わせた植木屋のじいさんに、リューマチの正しい手当てのしかたを教えていた。
 と、とつぜん “ 船長 ” が、あの乱暴な船歌を乱暴な声でうたいだした。

  死人の箱にゃ 十五人
    ヨイ コラ ホイ!
  飲もうよ、ラムがひとびんだ
  残りは悪魔に食われたよ
    ヨイ コラ ホイ!
  飲もうよ、ラムがひとびんだ

 はじめのうち、ぼくはこの “ 死人の箱 ” というのは、“ 船長 ” のあの衣類箱のような気がした。だからこの歌を聞くと気味がわるかったが、いまではもう慣れっこになって、それほど気にかからなくなっていた。
 しかしリブジー先生には、はじめてだったろう。先生は、ちょっと顔をしかめちらっとそっちに目をやった。が、すぐまたもとどおりパイプをふかしながら、植木屋のじいさんと話をつづけた。
“ 船長 ” はうたいつづけた。そのうち、じぶんの歌でじぶんが興奮したのだろう。ピシャリとテーブルをたたいた。
 それは、『 黙れ!』という意味だった。みんなははっと口を押さえた。先生の声がひとつだけ残った。
 と、“ 船長 ” はいまいましいといった顔つきで、もうひとつ、こんどはまえよりもなお強くテーブルをなぐった。
こら、黙れっ、どいつもこいつも!
と、ほえた。
 先生もこんどは、はっきりとそっちに顔を向けた。
きみ、わたしにいったのかね?」
あたりめえよ!」
“ 船長 ” は、くさったような目でにらんだ。
 先生の表情もちょっとこわばった。
ではきみに、ひとつだけ注意をしておこう。きみがこれからもそうしてラム酒を飲みつづけると、その命がまもなくなくなってしまうだろう、ということをだよ・・・。
 とたんに “ 船長 ” は、ものすごいけんまくになった。すっと立ちあがると、船乗り用のナイフを引き抜きてのひらにのせて揺さぶりながら、大声でどなった。
うるせえ やい、壁にくぎ刺しにしてやるぞ!」
 だが、先生はすこしもあわてなかった。動きもしないで静かにいった。
きみ、すぐそのナイフをしまいたまえ。でないと、わたしはこんどの巡回裁判で、きみをしばり首にするよ・・・。
な、なんだとっ!」
 そのままふたりのあいだに、不気味なにらみ合いが始まった。が、しかしそれは長くはつづかなかった。“ 船長 ” はしぶしぶナイフをしまい、負け犬みたいにぶつぶついいながら、もとの席にもどった。
 先生は、ひとつふたつ小さくうなずいてから、またつづけた。
わたしの受け持ち区域に、きみのような人間のいるのは困ったものだね。わたしは医者だが治安判事という役を持っている、ということを覚えておくんだね。これからはちょっとでも、きみのやったことについての訴えがあれば、すぐにひっとらえてここから追い払う手続きをとるぞ、いいね。これだけは、はっきりいっておくよ・・・。」
“ 船長 ” には痛いことばだろう。そっぽを向いて、聞こえないふりをしていた。
 そのとき、迎えの馬が玄関に着いた。
では、わたしはこれで・・・。
 先生は、何事もなかったようにパイプをくわえながら、ゆっくり外に出ていった。
 そして “ 船長 ” はその晩も、また、そのあとしばらくはおとなしかった。




次回へ続きます。




少年少女
世界の名作文学第7巻 イギリス編
 発 行/昭和40年9月20日
 編 者/©️ 名作選定委員会
 発行所/株式会社 小学館