Sakuyaの図書室

書物の御紹介

青柳 entry 42

第42回目は《 entry 40 》の続きです。

 

 

【 日本文学全集8 徳田秋声🍀

 

 

あらくれ

 お島が作をいっそう嫌って、侮蔑( ぶべつ )するようになったのもそのころからであった。

 蒸暑い夏のある真夜中に、お島はそこらを開け放して、蚊帳( かや )のなかで寝苦しい体をもて余していたことがあった。酸っぱいような蚊の唸声が夢現( ゆめうつつ )のような彼女のいらいらしい心を責め苛( さいな )むように耳についた。その時ふとお島の目を脅( おびや )かしたのは、蚊帳のそとから覗いている作の蒼白い顔であった。

ばか、阿母( おっか )さんに言いつけてやるぞ

 お島は高い調子に叫んだ。それで作はのそのそと出ていったが、それまで何の気もなしに見ていたそれと同じような作の挙動が、その時お島の心にいちいち意味をもってきた。お島は劇しい侮蔑を感じた。ある時は湯殿にいる自分の体に見入っている彼の姿を見つけたりした。

 お島はそれ以来、作の顔を見るのも胸が悪かった。そして養父から、よく働く作を自分の婿に択( えら )ぼうとしているらしい意嚮( いこう )を洩らされたときに、彼女は体が竦( すく )むほど厭( いや )な気持がした。しかし養父のその考えが、だんだんはっきりしてきたとき、お島の心は、おのずから生みの親の家の方へ嚮( む )いていった。

何しろ作は己( おれ )の血筋のものだから、同じ継がせるなら、彼(あれ )に後を取らせた方が道だ

 養父は時おり妻のおとらと、そのことを相談しているらしかったが、お島はふとそれを立聞きしたりなどすると、堪えがたい圧迫を感じた。我儘( わがまま )な反抗心が心に湧き返ってきた。

 作の自分を見る目が、だんだん親しみを加えてきた。彼はできるだけ打ち釈( と )けた態度で、お島に近づこうとした。畑で桑など摘んでいると、彼はどんな遠いところで、忙しい用事に働いている時でも、彼女を見廻ることを忘れなかった。彼はそのころから、働くことがおもしろそうであった。叔父夫婦にも従順であった。お島はいっそうそれが不快であった。

 おとらが内々お島の婿にしようと企てているらしいある若い男の兄が、そのころおとらのところへ入り浸( びた )っていた。青柳( あおやぎ )というその男は、その町の開業医としてかなりに顔が売れていたが、ある私立学校を卒業したというその弟をも、お島はちょいちょい見かけて知っていた。

 気爽( きさく )で酒のお酌などの巧( うま )いおとらは、夫の留守などに訪ねてくる青柳を、よく奥へ通して銚子( ちょうし )のお燗( かん )をしたりしているのを、お島は時々見かけた。一日かかって四十把( ば )の楮( かぞ )を漉( す )くのは、普通一人前の極度の仕事であったが、おとらは働くとなると、それを八十把も漉くほどの働きものであった。そして人のいい夫をそっち退けにして、傭( やと )い人を見張ったり、金の貸出方や取立方に抜目のない頭脳を働かしていたが、青柳の顔が見えると、どんな時でも彼女の様子がそわそわしずにはいなかった。

 お島の目にも、愛相( あいそ )のいい青柳の人柄は好ましく思えた。彼は青柳から始終お島坊お島坊と呼びなづけられてきた。最近青柳がいつか養父から借りて、新座敷の造営に費( つか )った金高は、少ない額ではなかった。

 

 

 

次回へ続きます。

 

 

 

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 どうやら作さんにライバルが現れたようですね。青柳さんはその人のお兄さんで人柄もよくその町の開業医で、弟さんは私立学校を卒業していますし、お島さんは青柳さんに好感を抱いていますし、作さん大ピンチですね。

  Sakuya☯️

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日本文学全集8 徳田秋声

 発 行/昭和四十二年十一月十二日

 ©️ 1967

 発行所/株式会社 集英社