Sakuyaの図書室

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大師詣り entry 49

第49回目は「 子供の気持ち entry 45 」の続きです。

 

 

【 日本文学全集8

   徳田秋声集 】🍀

 著 者/徳田 秋声氏

 

 

 あらくれ「 子供の気持ち entry 45 」の続き

 

 曲りくねった野道を、人の影について辿ってゆくと、やがて大師道へ出てきた。お島はぞろぞろ往き来している人や俥( くるま )の群に交って歩いていったが、本所( ほんじょ / 1や浅草辺の場末( ばすえ / 2から出てきたらしい男女のなかには、美しく装った令嬢や、意気( いき / 3な内儀( かみ・ないぎ / 4さんもたまには目についた。金縁眼鏡( きんぶちめがね )をかけて、細巻( ほそまき / 5を用意した男もあった。独りぼっちのお島は、草履( ぞうり )や下駄にはねあがる砂埃( すなぼこり )のなかを、人なつかしいような可憐( いじら / 6しい心持ちで、ぱっぱと蓮葉( はすつば / 7に足を運んでいた。ほてる脛( はぎ / 8に絡( まつ / 9わる長襦袢( ながじゅばん / 10の、ぽっとりとした膚触( はだざわ )りが、気持ちがよかった。今別れてきた養母や青柳のことはじきに忘れていた。

 大師前には、いろいろの店が軒を並べていた。張子( はりこ / 11の虎や起きあがり法師( おきあがりほうし / 12を売っていたり、おこし( 粔籹 / 13やぶっ切り飴( ぶっきりあめ / 14を鬻( ひさ / 15いでいたりした。蠑螺( さざえ )や蛤( はまぐり )なども目についた。山門の上には馬鹿囃( ばかばやし / 16の音が聞こえて、境内にも雑多の店が居並んでいた。お島は久しく見たこともないような、かりん糖かりんとう / 17や太白飴( たいはくあめ / 18の店などを眺めながら本堂の方へあがっていったが、どこもかしこも在郷( ざいきょう / 19くさいものばかりなのを、心寂しく思った。お島は母に媚びるためにお守札や災難除( よけ )のお札などを、こてこて20受けることを怠らなかった。

 そこを出てから、お島は野広い境内を、そっちこっち歩いてみたが、ところどころに海獣( かいじゅう / 21の見せものや、田舎廻りの手品師などがいるばかりで、いっしょに来た美しい人たちの姿もみえなかった。お島は隙( ひま )を潰すために、若い桜の植えつけられた荒れた貧しい遊園地から、墓場までまわってみた。田舎爺( じじい )の加持( かじ / 22のお水をいただいて飲んでいるところだの、蠟燭( ろうそく )のあがった多くの大師の像のある処の前に 彳( たたず )んでみたりした。木立のなかには、海軍服を着た痩猿( やせざる / 23の綱渡りなどが、多くの人を集めていた。お島はそこにもしばらく立とうとしたが、焦立( いらだ )つような気分が、長く足を止めさせなかった。

 休み茶屋で、ラムネに渇いた咽喉( のど )や熱( いき )る体を癒しつつ、帰路についたのは、日がもうだいぶかげりかけてからであった。田圃( たんぼ )に薄暗い風が吹いて、野末( のずえ / 24のここかしこに、千住( せんじゅ / 25あたりの工場の煙が重く棚引( たなび / 26いていた。疲れたお島の心は、取留めのない物足りなさにかき乱されていた。

 旧( もと )お茶屋へ還( かえ )っていくと、酒に酔った青柳は、取りちらかった座敷の真中に、座布団( ざぶとん )を枕にして寝ていたが、おとらも赤い顔をして、小楊枝( こようじ )を使っていた。

まあよかったね。お前お腹がすいて歩けなかったろう おとらはお愛相を言った。

お前、お水をいただいてきたかい

ええ、どっさりいただいてきました

 お島はそうした嘘を吐( つ )くことに何の悲しみも感じなかった。

 おとらはお島に御飯を食べさせると、脱いで傍に畳んであった羽織を自分に着たり、青柳に着せたりして、やがてそこを引き揚げたが、町へ帰りつくころには、もうすっかり日がくれて蛙( かわず )の声が静かな野中に聞こえ、人家には灯が点( とも )されていた。

みんな御苦労御苦労 おとらは暗い入口から声かけながら入っていったが、養父は裏でしきりに何か取りこんでいた。

 

 

1.本所( ほんじょ )/東京都墨田区の南部の商工業地区。もと、両国( りょうごく )錦糸町( きんしちょう )・駒形( こまがた )・業平( なりひら )一帯を含む本所区をなした。  

  ~ 大辞林より ~

 

2.場末( ばすえ )/繁華街の中心から離れた所。

  大辞林より ~

 

3.意気( いき )/① 何か物事を行おうとする気持ち・気概( きがい )。② あふれる元気。

  ~ 国語辞典より ~

 

4.内儀( ないぎ )/他人の妻を敬って言う語・おかみ。

  ~ 国語辞典より ~

 

5.細巻( ほそまき )/細く巻くこと・また、そのもの・タバコ・のりまきなどにいう。

  大辞林より ~

 

6.可憐しい( いじらしい・かれん )/かわいらしいさま・愛らしく、いじらしい27さま。

  ~ 国語辞典より ~

 

7.蓮葉( はすつば・はすは )(  特に女性について  )派手で浮ついていること・態度やおこないが下品でいやらしいこと・また、そのさま。

  大辞林より ~

 

8.( はぎ )/ひざから下、くるぶしより上の部分・すね。

  ~ 国語辞典より ~

 

9.絡わる( まつわる/纏る )/巻きつくようにからまる。

  ~ 用例.JP・大辞林より ~

 

10.長襦袢( ながじゅばん )/着物と同じたけの、着物の下に着る長い襦袢・和服用の下着の一つ。

  ~ 国語辞典・Wikipedia より ~

 

11.張子( はりこ )/木型に紙を重ねて張り、乾いてから型を抜き去ってつくったもの・はりぬき。

  ~ 国語辞典より ~

 

12.起きあがり法師( おきあがりほうし/起き上がり小法師/底におもりをつけ、倒れてもすぐ起き直るようにした、だるまなどの人形・おもちゃ。

  ~ 国語辞典より ~

 

13.おこし( 粔籹 )/もち米を蒸して乾かしてから炒ってごま・砂糖・水あめなどを加えてかためた菓子。

  ~ 国語辞典より ~

 

14.ぶっ切り飴( ぶっきりあめ/打っ切り飴 )/棒状にした固い飴を小口切りにしただけのもの。

  大辞林より ~

 

15.鬻ぐ( ひさぐ/販ぐ )/販売する・売る。

  ~ 国語辞典より ~

 

16.馬鹿囃( ばかばやし/馬鹿囃子 )/神社の祭礼で、太鼓・鉦( しょう )・笛などを用いて山車( だし )の上などでにぎやかに演奏されるはやし。屋台ばやし。

  ~ 国語辞典より ~

 

17.かりん糖かりんとう/花林糖 )/小麦粉に砂糖や水あめを加えて練り、油で揚げて黒砂糖などをまぶした小さな棒状の菓子。

  ~ 国語辞典より ~

 

18.太白飴( たいはくあめ )/太白砂糖28で練り固めた白い飴。

  大辞林より ~

 

19.在郷( ざいきょう )/郷里にいること。

  ~ 国語辞典より ~

 

20.こてこて/① 数量・分量が度を超えていて、雑然としたり、くどかったりするさま。② 動作が危なっかしいさま・おぼつかないさま。

  大辞林より ~

 

21.海獣( かいじゅう )/海中にすむ哺乳動物、くじら・おっとせいなど。

  ~ 国語辞典より ~

 

22.加持( かじ )/病気や災いなどを除くために、神仏に祈ること。

  ~ 国語辞典より ~

 

23.痩猿( やせざる )/ラングール29 )

  大辞林より ~

 

24.野末( のずえ )/野の果て・野のはずれ。

  ~ 国語辞典より ~

 

25.千住( せんじゅ )/東京都足立区南部から荒川区東部にかけての地で商工業地区。江戸時代、奥州街道の宿場町。

  大辞林より ~

 

26.棚引く( たなびく )/雲や霞( かすみ )が横に長く引く。

  ~ 国語辞典より ~

 

27.いじらしい/痛々しくてかわいそうだ・けなげで可憐だ。

  ~ 国語辞典より ~

 

28.太白砂糖/精製した純白の砂糖。

  ~ 国語辞典より ~

 

29.ラングール( langur )オナガザル科コロブス亜科のサルのうち、アジアに分布するものの総称。特にハヌマンラングールとその近縁種をいう。体長約70cm、尾長1m。

  コトバンクより ~

 

 

次回へ続きます。

 

 

 

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 8月か9月頃( 令和元年 )だったと思うのですが、おこしを戴いたので食べました。食べた時は何も思わなかったのですが、今、祖母を思いました。

  ラムネも懐かしさを感じさせる飲み物ですね、子供の時に飲んだ記憶があります。ところでラムネとサイダーの違いを御存じですか? 現在での定義は ビー玉ビン入りの炭酸飲料 がラムネ、そうでないのがサイダーという定義なのだそうです。

  Sakuya ☯️

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日本文学全集8 徳田秋声

 発 行/昭和42年十一月十二日

 ©️ 1967

 発行所/株式会社 集英社