Sakuyaの図書室

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変わり者の船長 entry 02

第2回目は世界の名作文学です。


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少年少女 世界の名作文学7 イギリス編


宝島
 作 者/ロバート・ルイス.スチーブンソン氏
 訳 者/近藤 健( けん )

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イギリス東部の代表的な漁師の家


 第一章 老海賊
 ( 一 )“ ベンボー提督亭 ” に来た男

 ぼくは、はっきり覚えている。
 ぼくの父が “ ベンボー提督亭 ” という、変わった名前の宿屋をやっていたときのことだ。
 手押し車で荷物を運ばせながら、ひとりの男がのっそりはいってきた。
 荷物は、船乗り用の大きな衣類箱だった。
 だから、もちろん船乗りだろう。もう年寄りだが、背が高く、がんじょうなからだつきだった。赤黒い顔には、大きな刀傷があった。太い二本の腕にも、傷あとがいっぱいあって、つめは黒くて割れていた。
 その男は、入り江のほうを見まわしながら、ひくく口笛を吹いていたが、ふいに歌いだした。

  死人の箱にゃ 十五人
    ヨイ コラ ホイ
  飲もうよ、ラムがひとびんだ

 しゃがれ声は、歌っているというより、まるでほえているみたいだった。
 それにしても、この乱暴な船歌は、そのあとでもよく聞かされたものだった。
 いや、それはともかく、男はそれから棒切れで乱暴にドアをたたいた。父が出ていくとぶっきらぼうないい方で、ラム酒を一杯注文した。
 それを、ちびりちびり飲みながら、
こいつは、つごうのいい入り江だよ。それに、酒場のここんとこからでも、すっかりながめられらあな。気に入ったぞ、おやじ それでどうだい、客は多いのかい?」
と、あごをしゃくった。
いえそれが、その・・・・お客さんは、まるですくなくて・・・・。
 父は、おどおどしながら答えた。
そうかい、そんならおれにはおあつらえのねぐらだあな。当分、せわになるぞ。ーーー おい、その荷物!」
 ぼやっとつっ立っている人夫をどやしつけて、二階へ荷物を運ばせた男は、またつづけた。
おやじ。おれはな、せわのやけない男だよ。ラムと、卵をのっけたベーコンさえありゃあな。おっと、それによ、船を見張れるあのみさきとな。ーーー なに、おれの名かい そうだな、“ 船長 ” ということにしておこう・・・・。そうか、わかってるよ 金だろう。ーーー ほれ!」
と、テーブルの上に金貨を三、四枚投げ出した。
そいつがなくなったら、そういえ!」
 それは、まるで家来に命令でもしているような、いばった態度だった。
 が、ともかく、こうしてその男は “ ベンボー提督亭 ” のお客になった。服はぼろだし、ことばもきたなくて感じのいいお客ではないが、それでいて、なんとなくただの船乗りとは思えない、どっしりしたいかめしいところもあった。
 ぼくもうちの人たちも、いわれたとおり “ 船長さん ” と呼ぶことにした。
 ところでこの “ 船長 ” は、やることなすことみんな変わっていた。
 昼は、大きな望遠鏡をかかえて、一日じゅう入り江のまわりやがけの上を散歩していた。いや、散歩というと上品だが、見たところではほっつきまわっている、といったかっこうだった。また夜は、いつも酒場のすみで強いラム酒を飲んでいた。人に話しかけられても、返事どころかうるさそうににらみ返すばかりだった。
 これでは、うちの人たちやお客さんにしても、だんだんとそばによりつかなくなるのもあたりまえだろう。
おい、おれのるすにだれか船乗りが来なかったか?」
 外から帰った “ 船長 ” は、ぼくや父にかならずそう聞いた。
 仲間だろうか、それとも兄弟だろうか、よほど待ちこがれているふうに見えた。
 ところが、じつはそうではなかったのだ。
 ある日 “ 船長 ” が、そっと僕を呼んだ。
おい、ぼうず おれのいるときでもいないときでも、もし船乗りのような男が来たら、まずこっそり、おれに知らせるんだぞ。とくに、一本足の船乗りには気をつけるんだぞ。そいつに見つかると、うまくねえことになるんでな。おれの最後にもなりかねねえんだからよ。いいな、一本足の船乗りには、特別気をゆるすなよ!」
 そのかわり、毎月、月のはじめに四ペンスの銀貨をくれると約束した。

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 約束のその銀貨は、いつの月も遅れがちだった。が、それでも催促すると、しぶしぶ出してくれた。そしてそのときもきまって、
一本足には油断するな!」
と、くりかえした。
 ところで、そうも一本足の・・・・一本足の・・・・とくりかえされると、その “ 一本足の船乗り ” が、ぼくの夢のなかにまで出てくるようになってしまった。
 荒れ狂う波が、入り江やがけでほえたてる夜など、その男がさまざまな恐ろしいかっこうで出てきた。ときには、足がひざのところから切れ、ときには、その一本足が胴のまんなかからついている化けものであったりした。ーーー その化けものが、かきねやみぞをとび越えて、追いかけてくるのがいちばんこわい夢だった。
 そんなわけで、ひと月に四ペンスもらえるとはいえ、やりきれたものではなかった。
 もっとも、ぼくは “ 一本足の船乗り ” には毎晩悩まされ、こわくてたまらなかったが、“ 船長 ” そのものは、みんなのいうほどこわいとは思わなかった。



次回へ続きます。




訳者紹介
近藤 健( けん )
大正2年、秋田県に生まれる。
日本児童文芸家教会会員。主な著書に、『 はだかっこ 』『 一本道 』等がある。


少年少女 世界の名作文学第7巻 イギリス編
 発 行/昭和40年9月20日
 編 者/©️ 名作選定委員会
 発行所/株式会社 小学館